2009/02/21

香港生活終えて1 休職決意の2つの理由

3月1日より仕事に復帰と思っていたが、急遽、来週から働くことになった。
しかも、初日から客先。
1年以上に及んだお気楽平日がとうとう終了した。 たったの一週間違いだが、いきなりその日が来たという感じである。

久々に働く気マンマン!

・・・というわけでもないが、働かないことにちょっと飽きたのもあり、その気にはなっている。

旅行もマッサージも、つらい仕事の後にこないと開放感を味わうことができないゆえ、そろそろ空腹というスパイスとしての仕事が必要だった。
そして、少なくとも自分の場合はなにか明確に自分が公的な場で活躍しているか、または、一心に打ち込めるものがないと、生活の充実感を自分でなかなか充足させることができないということを、身を持って学んだ。これはお寺で3年近くを生活していたときに予感していたものでもあるが、あの時には学びたいこと、知りたいことが明確にあったので大丈夫だった。

私のいる業界での1年の重みは大きい。
学ぶ領域は尽きることがないし、技術の進歩も早い。1年、現状維持をするだけでも、大きな後退である(そして私は現状維持もできていない)。
過去の1年1年を見ると、前の年にできていなかったことができるようになったとか、人とのネットワークが広がったり信頼関係ができたとかが明確に分かる。 だから、この1年で得られなかったことの大きさが、実感できる。

しかし、それは分かった上で、1年間の休職、香港主夫生活を選んだ。
理由は大きく2つ。

一つは、相方にとって、香港でのキャリアがとても意義のあるものだと感じたから だ。

アジアの重要なハブであり、彼女の仕事分野にて、よりスキルのある人が多くいる香港で働いて得た知識、経験、人脈などは、今後のキャリアの大きな糧になるに違いない。そして、仕事以外でも、得がたい体験が待っているだろう。

だから、彼女には行って欲しかった。

彼女は私が香港に行かないのであれば、香港にはいかないと言っていたので、私も行く決心をした。

香港で"仕事上で"彼女が得るものは、日本で1年間、継続して私と彼女が働いて得るそれの総量より上かもしれない。だったら、私が立ち止まってもいいのではないかと思ったのだった。

もう一つの理由は、私の中で完結している。

私の価値観として、仕事上でいわゆる成功をおさめるよりも、人生の中で、多くの体験をしていろいろな世界を垣間見て行くことがより重要である。
海外で暮らす1年。働き盛りの年齢に仕事をしないで過ごし、主夫的生活を体験すること。
それは、キャリアをどれだけ積んでも得ることのできない貴重ものであり、今後の人生の中で、理解できるものの幅を広げると考えた。

1年分のキャリア上のマイナスは、意識を持って頑張れば、いくらでも挽回が可能である
しかし、この時期に海外で1年生活をするという体験は、逃してしまえば代替がない。

もし、仕事上でとても成功して生活のために働かなくてよくなったら何をしたいか。
世界を見に行きたい。

だから、もしそれが今できるのだったとしたら、する。
ということだ。

そして、1年を終えて。
2つの理由は、どちらも正しかった。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

もう終わってしまったかと心配していたが、また書き込みがあってホッとした。
「一つは、相方にとって、香港でのキャリアがとても意義のあるものだと感じたから」
本当にありがとうございました。
何の心配もなく、1年間過ごせました。
私は1年働いていても向上がないなと思います。「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」かな。